東京都渋谷区:都内現存最古の富士塚:鳩森八幡神社のご朱印

千駄ヶ谷総鎮守:将棋堂(しょうぎどう):鳩森八幡神社(はともりはちまんじんじゃ)

富士塚(ふじづか)

富士塚

富士信仰に基づいて、富士山に模して造られた山や塚のことです。
江戸時代に始まったもので、特に関東地方の神社に多く見られます。
既に存在する丘や古墳を転用して富士山に見立てたものや、
富士山の溶岩積み上げたものがあります。
浅間神社の境内にあり、富士塚の山頂にも浅間神社奥宮が設けられています。

千駄ヶ谷富士(東京都有形民俗文化財)

寛政元年(1789年)築造といわれ、
大正十二年(1923年)関東大震災後修復されました。

東京都内に現存する富士塚としては最も古いものです。

富士塚には通年登ることができます。

富士塚鳥居

富士塚:富士浅間神社里宮(さとみや)

まず里宮(さとみや)を参拝しました。

富士塚:富士浅間神社奥宮

山頂に奥宮があります。右側に道路が見えますが、富士塚の高さがわかります。

御祭神

御祭神

応神天皇(おうじんてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)

由緒

貞観二年(860年)慈覚大師(円仁)が、関東巡錫(じゅんしゃく)の途中、
村民の懇請により、神功皇后・応神天皇・春日明神等の御尊像を作り添えて
正八幡宮として崇敬し奉ったと伝えられています。

巡錫(じゅんしゃく) とは僧が教えを広めるため各地を巡り歩くことです。

社殿

弘化二年(1845年)に上棟した欅造りの荘厳な社殿は、
残念ながら昭和二十年五月の空襲焼失しました。

昭和二十三年より数度の復興事業により、現在の社殿平成五年総欅造り竣工され、
昔日の姿に復元されました。

甲賀稲荷社

江戸幕府が創始した集団のひとつである甲賀組の武士たちが崇敬していた甲賀稲荷社は、
かつて青山権田原御鉄砲場付近に鎮座していましたが、
明治十八年青山練兵場設置の為、当地に遷座合祀されました。

昭和二十年五月の空襲により社殿が焼失し、
その後本殿の中に、八幡大神・諏訪大神ともに祀られていました。

その後復興を望む声が高まり、
昭和四十五年欅造り社殿が完成し、遷座されました。

参道の右側には富士塚があります。

能楽殿

平成十二年九月完成し、名称を神楽殿から『能楽殿』に変更されました。

富士塚山頂から見た能楽殿です。

将棋堂

昭和六十一年に当時の日本将棋連盟会長であった大山康晴十五世名人より、
山形県の駒師香月氏の手により制作された、
高さ1.2メートル「王将」大駒奉納されました。

大駒御影石将棋板の上に立ち、その奥に氏神八幡神祀られています。

神社の向かいには日本将棋連盟将棋会館があります。
外観はたびたびニュースやワイドショーにも、取り上げられています。

鳩森八幡神社のご朱印

平成二十六年拝受:ご朱印

令和三年拝受:ご朱印

令和三年に頂いたご朱印は、鳩の印入りでした。

平成二十六年拝受:富士浅間神社(富士塚)・ご朱印

令和三年拝受:富士浅間神社(富士塚)・ご朱印

神社情報

  • 住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷1-1-24
  • アクセス:JR総武線千駄ヶ谷駅徒歩5分
         東京メトロ副都心線北参道駅徒歩5分
  • HP:http://www.hatonomori-shrine.or.jp/

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