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国指定史跡:碓氷関所跡(うすいせきしょ)
信越本線群馬側終着駅:横川駅(よこかわえき)

信越本線の群馬側終着駅の横川駅で下りました。

高崎駅より信越本線の車両で横川駅まで来ました。

碓氷関所跡

旧中山道の街道沿いを歩くと、階段と門が見えてきます。

現在の門は昭和三十四年に、
東京大学教授で工学博士の藤島亥治郎氏の設計により復元されました。

全長3.25メートルの門柱2本と、要所に金具を用いた門扉は、当時使用されていたもので、
ケヤキ材の堅固なものです。

東門は番所の平長屋跡に復元されましたが、近くに東門の位置の看板がありました。

由緒
醍醐天皇の昌泰二年(899年)に、坂東に出没する群盗の取り締まりのため、相模国足柄と、
上野国碓氷の二ヶ所に関所を設け、交通を監視したのがはじめです。
現在地に関所が移されたのは元和九年(1623年)で、
寛永十二年(1635年)の参勤交代制の確立後は、鉄砲など武器が江戸に持ち込まれることや、
人質の大名の妻子が国元に逃げ帰ることを防ぐ『入鉄砲に出女』を厳しく取り締まり、
関所手形を提出させました。

関所役人
番頭二人:1日交代で執務、五十石の士分で有能豪気な人材を安中藩より派遣
平番三人:番頭より若い士分で、番頭の配下として安中藩より派遣
同心五人:代々関所に定住していた役人。手形の受付、犯人の追捕など行う
門番四人:幕府の門である西門は代々定住の西門番が、東門は安中藩管理の東門番が守る
改女二人:西門番の妻女が交代で勤めていた
中間四人:近村の藩領民を雇入れ、箱番所に詰めて、関所内の取締り、雑務を行う
おじぎ石

通行人が手をついて手形を差し出し、通行の許可を受けたおじぎ石がありました。
横川の茶屋本陣:群馬県安中市松井田町横川609

茶屋本陣は、代々横川村名主を勤め、幕末の頃は坂本駅の助郷惣代も兼ねた、
武井家の西の一部です。棟は居宅と同一ですが、居宅分は二階があり、
本陣の方は二階を作らず天井を高くしてあります。

観光案内所:群馬県安中市松井田町横川441

横川駅の近くにあり、碓氷関所の資料が展示され、中山道御宿場印や、
御城印も販売していました。
横川駅周辺
横川駅:アプト式模型

横川駅の構内に、アプト式模型が展示されていました。
横川駅:輸入古レール

明治十八年(1885年)10月15日に横川駅は開業しました。
イギリス製のレールを輸入し使用していましたが、
役目を終えたレールは駅の上家の柱や梁に再利用されました。

再利用されたアプト式ラックレール

アプト式のラックレールは、横川駅前の排水溝の蓋として再利用されています。

かつて信越本線の横川駅~軽井沢駅間では、峠を越えるためアプト式が採用されていました。
アプト式とは、線路中央に設置した歯車状のラックレールと、
車両側の歯車(ピニオン)を嚙み合わせて走行する運転方式です。
EF63機関車動輪(横川駅)

横川~軽井沢駅間のシェルパとして、平成9年9月30日まで活躍した、
EF63機関車動輪が展示されています。
峠の釜めし荻野屋横川本店

昼食は横川駅前のおぎのや横川本店で、峠の釜めし定食を頂きました。

『信越線開業荻野屋創業140周年記念釜めし』が販売されていました。

峠の釜めしは横川駅構内でも販売されており、そばやうどんも頂くことができます。
碓氷峠鉄道文化むら:群馬県安中市松井田町横川407-16

横川駅のそばには『碓氷峠鉄道文化むら』があります。

かつて碓氷峠を越えた車両が展示されていました。
ご覧頂きましてありがとうございます。


