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東海道五十三次九番目の宿場:小田原宿(おだわらじゅく)
東海道御宿場印(ごしゅくばいん)
「東海道」は江戸時代から日本を代表する街道のひとつで、
二つの起点で五十三次の宿場があります。


小田原宿(おだわらじゅく)

江戸時代の小田原は、小田原城の城下町であるとともに、
東海道屈指の宿場町として発展しました。
本陣4、脇本陣4の計8軒という数は東海道随一を誇ります。
小田原宿なりわい交流館

かつて昭和七年に建設された「かど㐂(き)ち井上漁網店」の店舗がありました。
現在は小田原宿なりわい交流館として利用されています。

小田原の典型的な商家の造りである、
『出桁(だしげた)造り』という建築方法が用いられています。
柱の上に載せた太い桁を店の前の前面に何本も突き出し、そこに軒や屋根を載せた造りです。

小田原用水を模した水路がありました。

小田原宿清水金左エ門本陣跡(宮の前行在所)(明治天皇聖蹟):小田原市本町3-5-25

清水金左エ門本陣跡と片岡永左エ門本陣跡は、
明治天皇が全国巡幸のおり宿泊していたことから、
それぞれ「宮の前行在所」「本町行在所」として史跡になっています。

清水金左エ門本陣は、尾張徳川家や薩摩の島津家、熊本の細川家など、
西国の有力な大名が定宿としていました。

明治元年(1868年)の東京遷都や全国巡幸の折、明治天皇も五回にわたり宿泊しています。

碑面には『明治天皇小田原行在所址』と刻まれています。

明治天皇本町行在所跡(片岡本陣跡):小田原市本町3-12-3

明治天皇本町行在所跡は、明治天皇が宿泊した片岡本陣のあった場所です。
明治十一年の北陸・東海御巡幸の際、11月7日のことでした。

石碑は昭和十四年十月に落成しました。

マンションの駐車場の一角に石碑がありました。

碑文は平沼騏一郎の筆跡で、『明治天皇聖蹟』と刻まれています。
小田原宿脇本陣古清水旅館

脇本陣の古清水旅館は、
現在はシニア向け賃貸マンションの「プラージュ古清水」となっていました。

昭和二十年(1945年)の8月15日まさに終戦当日の深夜に、
小田原市はアメリカ軍により空襲を受けました。

現在の浜町一・三丁目、本町二・三丁目にまたがり国道1号線をはさんで、
国際通りの両側が被災しました。
当時の古清水旅館の館主が空襲の様子を写真屋を呼んで撮影しました。
国登録有形文化財:だるま料理店

小田原市本町(旧大手町)に店を構える「だるま料理店」は、
明治二十六年(1893年)に創業しました。

大正十二年(1923年)の関東大震災により創業時の主屋は倒壊し、
二代目が贅を尽くして再建しました。社寺を思わせる建物は、
国の登録有形文化財に指定されています。
小田原宿の御宿場印
令和七年十二月購入:御宿場印

御宿場印購入場所(小田原市観光交流センター)
- 住所:神奈川県小田原市本町1-7-50
- アクセス:JR東海道本線小田原駅徒歩約12分
- HP:https://odawara-visit.com/
小田原城馬出門のそばにある小田原市観光交流センターで購入しました。
小田原宿周辺
中華料理 昇玉(しょうぎょく)

昼食は小田原駅近くの中華料理昇玉で、サンマーメンを頂きました。
美味でした。

ご覧頂きましてありがとうございます。













令和四年(2022年)十月から東海道御宿場印プロジェクトがはじまり、
御宿場印が発売されました。令和五年(2023年)四月には三条大橋までつながりました。
東海道御宿場印めぐり:https://www.adachiseiwa.co.jp/csr/goshukuba/tokaido/