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鎌倉七口:化粧坂(けわいざか)と源氏山公園(げんじやまこうえん)
鎌倉七口:化粧坂
化粧坂(けわいざか)は鎌倉の交通の要衝であり、
元弘三年(1333年)の新田義貞の鎌倉攻めでも戦場となりましたが、
新田軍は化粧坂を突破できませんでした。
化粧坂(海蔵寺周辺)
寿福寺を更に歩くと、
住宅街の中に化粧坂と源氏山公園へ向かう案内板があります。
海蔵寺参拝の帰りに源氏山公園に向けて立ち寄ってみました。
住宅街の中をひたすら坂を上ります。
景清の土牢
化粧坂を入るとすぐに道が二手に分かれたところに『景清の土牢』があります。
景清とは平景清(藤原景清)のことで、平家に仕えて源平合戦で活躍しました。
建久六年(1195年)に源頼朝が東大寺の大仏殿落慶法要に参列した際、
東大寺の転害門に平家の残党とともに隠れ、頼朝の暗殺を狙いましたが、
見破られ捕らえられました。
捕らえられた景清は、鎌倉幕府有力御家人のひとり、
八田知家(はったともいえ)に預けられましたが、
自ら化粧坂の洞窟に入り、建久七年(1196年)に絶食して亡くなったといわれています。
『水鑑景清大居士』と書かれた景清の墓碑がありました。
景清の墓碑の下には『向陽庵大悲堂碑』があります。
景清の娘・人丸が景清の守り本尊を祀った向陽庵が土牢の上にあったそうです。
人丸の墓は安養院にあります。
化粧坂途中
住宅街をしばらく歩くと、急に足場が悪くなってきました。
自然豊かですが運動不足の身には堪えます・・・。
化粧坂から源氏山公園
険しい坂からアスファルト舗装された道が見えてきました・・・。
改めて化粧坂を振り返りました。結構な坂道でした。
源氏山公園
『源氏山』という名は麓に源氏の屋敷があったからだといわれています。
後三年の役で源義家が出陣する際、山上に『源氏の白旗』を立てて戦勝を祈ったことから、
『旗立山』の別名があります。
公園としては昭和四十一年に開園しました。トイレなどの設備も完備されています。
源氏山公園北側は葛原岡と呼ばれ、日野俊基を祀った葛原岡神社があります。
また公園の南側から銭洗弁財天宇賀福神社への道もあります。
源頼朝像と銅像碑
昭和五十五年(1980年)に源頼朝の鎌倉入り八百年を記念して、
源頼朝像が建立されました。
源氏山公園からの景色
野鳥の声が疲れを癒してくれました。
源氏山公園情報
- 住所:神奈川県鎌倉市扇ガ谷4-649-1
- アクセス:JR鎌倉駅西口下車徒歩25分
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