【山梨県富士吉田市】新倉富士浅間神社(あらくらふじせんげんじんじゃ)のご朱印

富士山眺望日本一:新倉富士浅間神社(あらくらふじせんげんじんじゃ)

富士急行オリジナル御朱印帳

山梨県富士吉田伝統工芸品ふじやま織』とタイアップし、
富士山富士急行観光列車富士山ビュー特急』がデザインされたご朱印帳です。
富士山駅の売店で頂きました。

富士急行線路線バスで巡れる六つの神社御朱印マップもついています。

河口浅間神社(かわぐちせんげんじんじゃ):南都留郡富士河口湖町
富士御室浅間神社(ふじおむろせんげんじんじゃ):南都留郡富士河口湖町
北口本宮富士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ):富士吉田市
山中諏訪神社(やまなかすわじんじゃ):南都留郡山中湖村
小室浅間神社(おむろせんげんじんじゃ):富士吉田市

新倉富士浅間神社(あらくらふじせんげんじんじゃ):富士吉田市

令和七年十二月参拝:富士山の絶景:忠霊塔と富士山(新倉山浅間公園)

2015年『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』表紙を飾りました。

雪に覆われた富士山忠霊塔の景色は人気で、外国人観光客の方も多く訪れていました。

参拝当日は天気に恵まれ、きれいな富士山を眺めることができました。

由緒

慶雲三年(705年)甲斐国八代郡荒倉郷富士北口郷の氏神として祀られました。

大同二年(807年)富士山の大噴火があり、朝廷から勅使が参向し、
国家安泰富士山鎮火祭執行され、その際平城天皇より『三国第一山』称号並びに、
大鳥居勅額・金幣・破魔宝面(勅使面)奉納されました。

鳥居

扁額には『三国第一山』と書かれています。

社殿

荒浜神社

荒浜神社織物の神様ですが、織物縦と横の糸を交差させて織ることから、
今では縁結びの神様として崇敬されています。

新倉富士浅間神社のご朱印

令和七年拝受:ご朱印

令和七年拝受:師走ご朱印

令和七年拝受:荒浜神社ご朱印

令和七年拝受:見開きご朱印

神社情報

新倉山浅間公園(あらくらやませんげんこうえん)

新倉山浅間公園は、昭和三十四年(1959年)設置されました。
満開の桜を一望できる絶景スポットとして著名で人気があります。

忠霊塔(富士吉田市戦没者慰霊塔)

忠霊塔富士吉田市戦没者慰霊塔といい、昭和三十七年完成しました。
高さ19.5メートルの塔です。

明治以降日本国として参戦した戦役(日清・日露・第一次世界大戦及び太平洋戦争)
において、戦没した市内出身者960余柱合祀するため、建立されました。

明治大帝聖像

昭和五十四年建立されたそうです。

富士急行線下吉田駅:下吉田駅ブルートレインテラス

下吉田駅ブルートレインテラス

平成二十三年(2011年)オープンしました。

スハネフ14形式寝台客車

「さくら」「みずほ」「あさかぜ」など、九州方面の寝台特急として活躍しました。
平成二十二年(2010年)3月12日上野発金沢行き最後の寝台特急「北陸」最後部を務め、
多くの歓声に見送られながら旅立ちました。

同一形式の車両寝台特急「富士」として活躍していました。

かつて昭和二十四年の秋シーズンに、わずか2ヶ月間でしたが、
富士急行線にも「ふじ」という名の列車走っていたそうです。

2000系フジサン特急(左)

2002年から2016年まで、富士急行線内フジサン特急使用されていました。

5000形トーマスランド号(左)

1975年から2019年まで富士急行線運行されていました。

165系

部品取り車としてJR東日本より譲渡された車両で、前面のみカットボディで、
湘南色塗り替えられています。

富士急行線下吉田駅

富士急行線車両

フジファブリック志村正彦さんポスター

「フジファブリック」志村正彦さん故郷という事で、
列車接近音には「若者のすべて」「茜色の夕日」が、
志村さんのボーカル入りで使われています。

下吉田駅バスロータリーと富士山

下吉田駅前からも富士山がきれいに見えます。

富士急行線乗車時車内アナウンスがあり、富士山をカメラにおさめることができました。

ご覧頂きましてありがとうございます。