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庖丁式:高家神社(たかべじんじゃ)

由緒
景行天皇が皇子の日本武尊の東国平定の事績を偲び、安房の浮島の宮に行幸された折、
侍臣の磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)が弓の弦をとり海に入れた所、
堅魚(かつお)を釣り上げ、また砂浜を歩いている時、
足に触れたものを採ると白蛤(しろうむぎ:はまぐり)がとれたので、
膾(なます)や焼き物として差し上げたところ、天皇は大いに賞味され、
その料理の技を厚く賞せられ、膳大伴部(かしわおおともべ)を賜り、
若狭の国、安房の国の長と定められ、以後代々子孫は膳の職を継ぎ、
皇室の食事を司るよう賜りました。

現在地に祀られたのは江戸時代の初頭にさかのぼり、元和六年(1620年)に、
現在の宮司の祖先となる高木吉右衛門が、桜の木の下から、木像と二面の御神鏡を発見し、
社を建てて祀りました。

高家神社を紹介した、日本料理研究会初代理事長の三宅孤軒氏の碑もありました。

庖丁式(ほうちょうしき)

庖丁式は、烏帽子、直垂(ひたたれ)をまとい、庖丁とまな箸を用い、
一切手を触れることなく、鯉、真鯛、真魚鰹などを調理する「庖丁儀式」で。
宮中行事の一つとして行われてきました。

鳥居

参道

令和六年四月頃に訪問しましたが、桜の花が綺麗に咲いていました。

境内からは海を眺めることができます。

社殿

庖丁塚

社殿の両側にあり、調理師などが供養に訪れます。

神輿殿

高家神社のご朱印
平成二十六年拝受:ご朱印

令和六年拝受:ご朱印

神社情報
- 住所:千葉県南房総市千倉町南朝夷164
- アクセス:JR内房線千倉駅下車約2km・富津館山道路富浦I.Cより約25分
- HP:https://takabejinja.com/index.html
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