大和田太郎道玄:道玄坂(どうげんざか)
JR渋谷駅のハチ公口前を出てすぐの場所にある有名な道玄坂にも、
鎌倉幕府有力御家人の和田義盛ゆかりの地があります。
道玄坂上交番前交差点
道玄坂上交番前交差点と渋谷マークシティからの道が交差するところに、
ひっそりと碑がありました。
鎌倉幕府有力御家人:和田義盛
和田義盛(わだよしもり)
由緒
江戸時代以来、和田義盛の子孫の大和田太郎道玄がこの坂に出没して、
山賊夜盗のように振る舞ったという伝説があります。
道玄庵という庵があった為、道玄坂と名付けられたという説もあります。
与謝野晶子歌碑
歌人の与謝野晶子は、
単身大阪の堺から上京し、渋谷道玄坂の近傍(きんぼう)に住んでいました。
そのころの晶子は与謝野寛と結婚し、歌集『みだれ髪』も刊行していました。
住まいに近い道玄坂の上にしばし佇んで、西の方角にある堺の生家を思い、
母親を懐かしんで詠んだ歌だそうです。
道玄坂碑情報
- 住所:東京都渋谷区道玄坂2-10-1
- アクセス:JR渋谷駅下車ハチ公口より徒歩5分
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久安三年(1147年)に三浦義明の子である杉本義宗の子として生まれました。
源頼朝の挙兵に参加し、鎌倉幕府の初代侍所別当になりました。
『比企能員の乱』や『畠山重忠の乱』では北条方につきましたが、
『和田義盛の乱(和田合戦)』を起こし、討死しました。