八幡山延命寺(えんめいじ)
武蔵野吉祥七福神(むさしのきっしょうしちふくじん)
令和八年は1月3日(土)~6日(火)が七福神めぐりの期間でした。
武蔵野吉祥七福神・寿老人・毘沙門天


境内には寿老人像(左)、毘沙門天像(右)が建っていました。
由緒
江戸時代初期、五日市街道沿いの雑木林の中に、
恵心僧都作と伝えられる秘仏の薬師如来を安置する堂宇が建立されたのが開創です。
石神井三宝寺第十八世・長智法印が開基となり、長恵法印が開山となりました。
御本尊は文殊菩薩で、江戸中期作の弘法大師坐像(御丈三尺三寸)をはじめ、
多くの仏像が安置されています。
山号の「八幡山」は武蔵野市八幡町の町名の由来となっています。
明治初年から昭和の初めにかけては、関前村役場、武蔵野村役場、三省小学校、
高等尋常小学校が境内地に置かれ、村の中心になりました。
山門

山門には阿形金剛力士像(左)と吽形金剛力士像(右)が建っていました。


本堂

平和観音菩薩像と250k爆弾の破片
周辺の都立武蔵野中央公園から武蔵野市役所周辺は、戦時中、
中島飛行機株式会社武蔵製作所という日本有数の軍需工場があり、
一式戦闘機「隼」や、「零戦」などの軍用機のエンジンを生産していました。

戦争末期の空襲では、境内にも爆弾が落下し被害を受け、周辺の関前地域では、
寺の檀家を含む多くの犠牲者がありました。

昭和五十二年(1977年)に檀家らの浄財で平和観音菩薩像が建立されました。

武蔵野女子大学(現・武蔵野大学)付近に落下した250K爆弾の破片も展示されています。
平和の鐘

延命寺の護摩炉(ごまろ)
開山・長恵法印の遺宝の一つの護摩炉があります。
秋田藩第五代藩主佐竹義峯の幼名の佐竹仙寿丸の刻銘があります。

直径五十二センチ、炉高十四センチ、蓋高十一センチあります。
武蔵野薬師

武蔵野薬師の扁額のある建物は斎場として使われているようです。
二宮金次郎像

巡遍大師像

八幡山延命寺のご朱印
令和七年拝受:文殊菩薩・ご朱印

令和七年拝受:薬師如来・ご朱印

令和八年正月拝受:武蔵野吉祥七福神・寿老人・ご朱印

令和八年正月拝受:武蔵野吉祥七福神・毘沙門天・ご朱印

寺院情報
- 住所:東京都武蔵野市八幡町1-1-2
- アクセス:JR中央線三鷹駅下車武蔵境駅行きか武蔵小金井駅行きバス乗車
第五小学校バス停下車徒歩約1分
ご覧頂きましてありがとうございます。











東京都武蔵野市の五ヶ所の寺社を巡ります。
恵比寿神・弁天様:杵築大社(きずきたいしゃ)
寿老人・毘沙門天:延命寺(えんめいじ)
福禄寿:大法禅寺(だいほうぜんじ)
布袋尊:安養寺(あんようじ)
大国様:武蔵野八幡宮(むさしのはちまんぐう)