總持寺祖院(そうじじそいん)
由緒
總持寺祖院は元享元年(1321年)に、
瑩山紹瑾禅師(けいざんじょうきん)によって開創されました。
元亀元年(1570年)の戦乱によって焼失しましが、前田氏によって再建されました。
明治三十一年(1898年)の大火で七堂伽藍の大部分を焼失し、
明治三十八年(1905年)に再建されましたが、
これを機に大本山の場所を横浜市鶴見に移転し、
以降能登は總持寺祖院と呼ばれるようになりました。
平成十九年(2007年)3月25日の能登半島地震で被害を受けましたが、
修復工事が進められ、開創七百年目の令和三年(2021年)四月に落慶法要が営まれました。
令和六年(2024年)1月1日の能登半島地震で国指定重要文化財17棟を含む、
七堂伽藍や回廊などが倒壊しました。修復工事の完了は2034年春の見込みだそうです。
国指定重要文化財:三樹松関(さんじゅそうかん)

能登半島地震の影響を受け、燈籠が倒れた状態になっています。
名前は門のそばにあった三本の龍の形をした松に由来します。
石川県指定有形文化財:経蔵(きょうぞう)

寛保三年(1743年)に六代加賀藩主前田吉徳の寄進により建立されました。
堂内の輪蔵には一切経が収められています。
令和八年参拝時:国指定重要文化財:山門

昭和七年(1932年)に再建され総欅二層造りで、高さが17.5メートルあります。
平成二十五年参拝時:山門

平成二十五年の参拝時には、太鼓橋も渡ることができました。

令和八年参拝時には太鼓橋が地震の被害を受け、渡ることができませんでした。
国指定重要文化財:香積台(こうしゃくだい)

昭和二十八年(1953年)の再建で、中には僧侶の居室、接客室などがあります。
こちらでご朱印を頂きました。
国指定重要文化財:仏殿(ぶつでん)

大正二年(1913年)再建で、客殿を兼ねた建物です。
手前には回廊がありましたが、能登半島地震で倒壊しました。

仏殿の左側奥の襖四枚には山岡鉄舟の大作で、『鉄樹枝柚 石樹花開』と書かれています。
正面には御本尊釈迦牟尼仏が祀られています。


国指定重要文化財:大祖堂(法堂)

総欅入母屋造間口34.58メートルの大伽藍で、開祖瑩山禅師、歴代の祖師方を祀ります。
大正二年(1913年)に完成しました。

僧堂(坐禅堂)

坐禅や食事、就寝等を行う修行の根本道場で、
平成十九年(2007年)の能登半島地震で倒壊寸前の被害を受け、二年後に再建されました。
文殊菩薩が祀られています。
能登半島地震で180度回転し前後の向きが変わった句碑

伝燈院・放光堂

能登半島地震の影響で立ち入り禁止になっています。
伝燈院は開祖瑩山禅師の霊廟で、放光堂は納骨堂で地蔵(放光)菩薩が祀られています。
火伏せの松

明治三十一年四月夕刻に突如として大祖堂より火災が発生し、境内が灰燼に帰しました。
この奥の二本松は当時の勅使門の左前方にありましたが、
この松のお陰で輪蔵を類焼から護ることが出来たことから、この松を火伏せの松と称します。

總持寺祖院のご朱印
平成二十五年拝受:ご朱印

『太祖常済大師』と書かれています。常済大師とは總持寺開祖の瑩山禅師の尊称です。
令和八年拝受:ご朱印

寺院情報
- 住所:石川県輪島市門前町門前1-18-1
- アクセス:のと鉄道穴水駅よりバスで約20分
- HP:https://noto-soin.jp/
總持寺祖院周辺
芳春院(ほうしゅんいん)

慶長十四年(1609年)に創建されました。前田利家夫人のお松の方が總持寺参詣の折、
本山三門再建と同時に本山内に芳春院の建立を発願しました。

本堂は令和六年元旦の能登半島地震で倒壊し、仮本堂が建っていました。

世界農業遺産:白米千枚田(しろよねせんまいだ):石川県輪島市白米町ハ部99番地5

輪島市には世界農業遺産に指定されている白米千枚田があります。
日本海に面し自然の形状を活かし、大小さまざまな田が1,004枚連なり、
昔ながら人の手で米づくりが続けられています。

道の駅輪島(旧輪島駅)

かつてのと鉄道七尾線輪島駅の跡地に道の駅輪島がありました。
平成十三年(2001年)に穴水駅~輪島駅間が廃止され、道の駅輪島となりました。

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