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結城家第一の氏神:結城城の鬼門除け:健田須賀神社(たけだすがじんじゃ)
結城家初代・結城朝光(ゆうきともみつ)

結城家初代の結城朝光のイラストがありました。
由緒
健田須賀神社は、明治三年に健田神社と須賀神社がこの地で合祀されました。
健田神社は、古代より健田の地に建てられ、東国地方を平定したとされる竹田臣の祖神、
武渟川別命(たけぬなかわわけのみこと)が祀られています。

須賀神社は牛頭天王ともいい、
結城家初代の結城朝光が仁治三年(1242年)に尾張国の津島神社より勧請し、
結城城の鬼門除け、結城家第一の氏神として手厚く祀られ、結城家はもとより、
広く民衆に信仰され、結城の産土神として崇敬されました。

健田須賀神社文書は茨城県、狛犬と獅子頭は結城市の文化財に指定されています。
社標と鳥居

健田通り沿いにあります。
二の鳥居

東鳥居

浦町児童公園側からも入ることが出来ます。
社殿

甲子大黒天

結城七福神のひとつ大黒天が祀られています。
十二社

健田須賀神社を除く結城七社のほか、
香取神社、松尾神社、羽黒神社、三峯神社、白峯神社、足尾神社が祀られています。

十二社を月ごとに十二ヶ月参詣することで、霊験があるといわれています。
猿田彦大神

境内の東側に猿田彦神社がありました。猿田彦大神は、夏季大祭の神輿渡御時には、
道案内の神として先導役を務めます。

戦没者慰霊殿

結城市出身の千二百余柱の英霊が祀られています。
社務所

社殿の横に社務所がありました。社務所でご朱印を頂きました。
健田須賀神社のご朱印
令和六年拝受:ご朱印

結城晴朝が作らせた、御手杵(おてぎね)の槍がデザインされたのご朱印です。
御手杵は、模造品が結城蔵美館にて展示されています。
令和七年拝受:ご朱印

結城七福神・甲子大黒天:ご朱印

猿田彦大神:ご朱印

猿田彦大神のご朱印は見開きで、直接御朱印帳に書いて頂きました。
神社情報
- 住所:茨城県結城市大字結城195
- アクセス:JR水戸線結城駅徒歩約7分


ご覧頂きましてありがとうございます。
結城朝光は下総結城家の初代当主で、仁安三年(1168年)に藤原秀郷を祖とする、
下野国小山の豪族・小山政光の三男として生まれました。
母は源頼朝の乳母である八田宗綱の娘・寒河尼(さむかわのあま)です。
源頼朝が烏帽子親となり、頼朝の側近として幕政に参与しました。
承久三年(1221年)の承久の乱にも東山道軍の将の一人として参戦し、
寛喜元年(1229年)に上野介に叙任、嘉禎元年(1235年)幕府の評定衆の一員となりました。
建長六年(1254年)に亡くなりました。享年八十七でした。