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女城主・お田鶴の方:椿姫観音堂(つばきひめかんのんどう)
現在の浜松城から徒歩十五分で、前身の引間城から徒歩8分の場所に、
引間城主の奥方であるお田鶴の方を祀った観音堂があります。
お田鶴(たづ)の方
お田鶴の方
自ら緋縅(ひおどし)の鎧と兜を着用し、白柄のなぎなた、
丈なす黒髪に純白の鉢巻き姿で18人の侍女とともに戦い、命を落としました。
観音堂
徳川家康はこの地にお田鶴の方と18人の侍女の亡骸を手厚く葬り、塚を築き、
祠を建てました。正室築山殿も塚の周りに百本余りの椿を植え、
いつしか椿塚と呼ばれるようになりました。
昭和十九年(1944年)に建立されたお堂は浜松大空襲で焼け落ち、
昭和二十七年(1952年)に再建されました。
祈願石
2023年大河ドラマ『どうする家康』
お田鶴の方役を演じた関水渚さんのサインが飾られていました。
寺院情報
- 住所:静岡県浜松市中区元浜町133
- アクセス:JR浜松駅徒歩約18分
ご覧頂きましてありがとうございます。
現在の愛知県蒲郡市にあたる、三河国の上ノ郷城主の鵜殿長持(うどのながもち)の娘で、
母親は今川義元の妹です。徳川家康の正室である築山殿とは義理の姉妹にあたります。
徳川家への内通を疑った今川氏真によって、
夫で引間城主の飯尾連龍(いのおつらたつ)を謀殺されると、
自ら城主となり、徳川家康軍と戦いました。