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御祭神・藤田東湖(ふじたとうこ):常盤神社摂社:東湖神社(とうこじんじゃ)
常盤神社の境内に幕末の志士、
水戸藩士の藤田東湖(ふじたとうこ)を祀る神社があります。
東湖神社は藤田東湖を祀るため、
昭和十八年に常盤神社の摂社として建立されました。
社殿:平成二十七年参拝時
社殿:令和三年十二月参拝時
柱の色が綺麗になっておりました。
藤田東湖(ふじたとうこ)
東湖の書いた『弘道館記述義』は、
会沢正志斎(あいざわせいしさい)の『新論』と共に、
水戸学を代表する文献として、広く全国の志士たちの教典となり、
尊王攘夷派の思想的な基盤を築きました。
四男:藤田小四郎
四男の藤田小四郎はその後筑波山にて挙兵(天狗党の乱)しましたが、
失敗し処刑されました。
藤田東湖護母致命の処(ごぼちめいのところ):東京都文京区
東京都文京区の水道橋駅近く(白山通り)に、
東湖が母親を庇い亡くなった水戸藩邸の地の案内があります。
由緒と和文天祥正気歌【正気(せいき)の歌】
和文天祥正気歌(正気の歌)です。藤田東湖が四十歳の時に作られました。
弘化元年(1844年)に仏教弾圧などの罪を問われ、
徳川斉昭が幕府より強制隠居と謹慎処分を命じられた際、
東湖らも蟄居の命を受けました。
蟄居生活の中で作られたこの詩は、
全国の志士を奮い立たせたといわれています。
東湖神社のご朱印
平成二十七年拝受:ご朱印
令和三年拝受:ご朱印
神社情報
- 住所:茨城県水戸市常盤町1-3-1
- アクセス:JR水戸駅より偕楽園行きバス15分
ご覧頂きありがとうございます。
藤田東湖は水戸藩の彰考館(大日本史編纂の為の修史局)の総裁だった、
藤田幽谷の子です。藩主の徳川斉昭を助けて、
藩政改革、兵器軍艦の建造に活躍しました。
斉昭の幕政参与に従って海防策を進言するなど、
その活躍は幕府からも注目されました。
しかし安政二年(1855年)十月に発生した安政の大地震で、
落下した梁から母親を守るために自らの肩で受け止め、
母親が助け出された後力尽き、下敷きとなって圧死しました。
西郷隆盛をはじめ、東湖と対面して、
その学識・人柄・胆力に大きな感銘を受けた志士は数多くいます。