Contents
- 1 蕎麦切り発祥の地:宝物風入れ展:栖雲寺(せいうんじ)
- 1.0.1 令和六年:宝物風入れ展
- 1.0.2 由緒
- 1.0.3 蕎麦切り発祥の地
- 1.0.4 蕎麦祷(そばとう)観音
- 1.0.5 本堂
- 1.0.6 庫裏
- 1.0.7 宝物殿
- 1.0.8 武田信満(たけだのぶみつ)の墓
- 1.0.9
- 1.0.10 銅鐘
- 1.0.11 山門
- 1.0.12 栖雲寺石庭
- 1.0.13 石庭・座禅石
- 1.0.14 石庭・霊石泉(れいせきせん)
- 1.0.15 石庭・梵音洞(ぼんおんどう)
- 1.0.16 石庭・忿怒岩(ふんぬいわ)
- 1.0.17 石庭・百字石(ひゃくじせき)
- 1.0.18 石庭・鯉魚石(りぎょせき)
- 1.0.19 石庭・地蔵菩薩磨崖仏(まがいぶつ)
- 1.0.20 石庭・文殊菩薩磨崖仏
- 1.0.21 摩利支天堂
- 1.0.22 石庭からの眺め
- 1.0.23 頂上からの眺め
- 2 天目山栖雲寺のご朱印
- 3 寺院情報
蕎麦切り発祥の地:宝物風入れ展:栖雲寺(せいうんじ)
令和六年:宝物風入れ展
参拝時には令和六年の宝物(ほうもつ)風入れ展が行われていました。
普応国師七百年遠諱(おんき)記念で、重要文化財の普応国師座像が特別公開されていました。
宝物風入れ展は、『第19回甲州市およっちょい祭り』のブースでの展示で知りました。
道の駅甲斐大和にも宝物風入れ展のポスターがありました。
由緒
標高1050メートルの場所にある栖雲寺は、
貞和四年(1348年)に業海(ごうかい)本浄によって開山されました。
業海は文保二年(1318年)に仲間五人とともに元に渡り、天目山(てんもくざん)において、
普応国師中峰明本(ちゅうほうみんぱん)から教えを受け、嘉暦元年(1326年)に帰国しました。
二十年以上に渡って諸国を旅して、現在の場所である木賊山が天目山に似た景勝地として、
天目山護国禅寺として創建されました。業海の死後は甲斐守護の武田氏の庇護を受けました。
応永二十三年(1416年)に上杉禅秀の乱に加わったとして、室町幕府の討伐を受け、
甲斐守護の武田信満は天目山で自害しました。信満は栖雲寺で葬られ、
武田家の菩提寺になりました。
武田信玄も軍配や軍旗、陣中鏡を奉納したと伝えられます。
武田勝頼は天目山の戦いで織田信長に敗れ、栖雲寺を目指しましたが、
先に織田軍の手で全焼の難を受け、失意のうちに引き返した勝頼は自害しました。
武田勝頼ら一行の墓所は近くにある景徳院にあります。
その後徳川家康により寺領寄進を受けて伽藍は再建され、旧観を取り戻しました。
蕎麦切り発祥の地
栖雲寺は「蕎麦切発祥の地」といわれています。
その説の元は、尾張藩士の天野信景が残した記述によるといわれています。
業海が修行した杭州は南宋時代から麵屋や多くの飲食店があったことから、
大陸からの帰国土産として蕎麦麺を伝えた可能性があります。
本堂の前にはそば畑がありました。
蕎麦祷(そばとう)観音
本堂の前には蕎麦祷観音(そばとうかんのん)が安置されていました。
栖雲寺の二体の馬頭観音石仏は共に江戸時代中期(左:安永八年・右:宝暦八年)で、
並べて安置されるようになり、いつの頃からは蕎麦祷観音と親しまれるようになりました。
馬頭観音は旅する人々の安全や、農耕馬などの動物の無病を守る仏様です。
本堂
本堂内で抹茶を頂きました。
本堂から見た庭園は紅葉がきれいでした。
庫裏
築420年の庫裏は、平成十四年の保存修理では一度全て解体され、現在の形に組み上げられ、
復元されました。
宝物殿
国指定重要文化財の『木造普応国師坐像』は普段は宝物殿に安置されています。
座高82.5センチあります。文和二年(1353年)造像されたとのことです。
武田信満(たけだのぶみつ)の墓
応永二十四年(1417年)に自害した武田信満の墓がありました。
宝篋印塔と開山宝篋印塔がありました。
建立当初の文和二年(1353年)に造立されたものです。
銅鐘
久遠寺鐘、広厳院鐘・放光寺鐘・永昌院鐘とともに、
『甲斐の五鐘』の一つと数えられる名鐘です。総高107.6センチあります。
山門
栖雲寺石庭
裏手の山には見事な石庭がありました。30分程かけて散策しました。
石庭・座禅石
業海本浄が弟子とともに座禅したといわれています。
石庭・霊石泉(れいせきせん)
石庭・梵音洞(ぼんおんどう)
石庭・忿怒岩(ふんぬいわ)
忿怒岩の下には石仏がありました。
石庭・百字石(ひゃくじせき)
石庭・鯉魚石(りぎょせき)
石庭・地蔵菩薩磨崖仏(まがいぶつ)
上部に貞和四年と記されており、
業海本浄によって造顕(ぞうけん)されたものと推定されます。
石庭・文殊菩薩磨崖仏
風化しやすい岩質のため剥落が進んでいますが、数百年の歳月に耐えて現存しています。
摩利支天堂
石庭から更に山道を登ると摩利支天堂があります。
石庭からの眺め
頂上からの眺め
天気の良い日は富士山も見えるそうです。
天目山栖雲寺のご朱印
令和六年:景徳院・栖雲寺秋のコラボ朱印
武田勝頼一行の墓所のある景徳院と最期に目指した栖雲寺によるコラボ朱印を頂きました。
令和六年拝受:御本尊・宝冠釈迦如来ご朱印
令和六年拝受:禅庭本尊地蔵磨崖仏・ご朱印
令和六年拝受:鎮守摩利支天・ご朱印
令和六年拝受:十字架捧持マニ像・期間限定ご朱印
十字架捧持マニ像は毎年十一月の宝物風入れ展で特別公開されます。
寺院情報
- 住所:山梨県甲州市大和町木賊122
- アクセス:JR甲斐大和駅天目行バス乗車終点下車すぐ・中央道勝沼インターから車で約20分
- HP:http://tenmokusan.or.jp/index.html
栖雲寺周辺
砥草庵(とくさあん)
栖雲寺から景徳院へ下りる途中に道沿いにお蕎麦屋さんがありました。
十割そばを頂きました。美味でした。
JR甲斐大和駅前・武田勝頼公之像
JR甲斐大和駅前には武田勝頼公の銅像がありました。
平成十四年の大和村制六十周年記念事業として建立されました。
ご覧頂きましてありがとうございます。