東京都武蔵野市:武蔵野吉祥七福神・恵比寿神・弁天様:杵築大社(きづきたいしゃ)のご朱印

富士塚:杵築大社(きづきたいしゃ)

武蔵野吉祥七福神(むさしのきっしょうしちふくじん)

武蔵野吉祥七福神

東京都武蔵野市五ヶ所の寺社を巡ります。

恵比寿神・弁天様:杵築大社(きづきたいしゃ)
寿老人・毘沙門天:延命寺(えんめいじ)
福禄寿:大法禅寺(だいほうぜんじ)
布袋尊:安養寺(あんようじ)
大国様:武蔵野八幡宮(むさしのはちまんぐう)

令和八年1月3日(土)~6日(火)七福神めぐりの期間でした。

令和八年:武蔵野吉祥七福神・恵比寿神

令和八年:武蔵野吉祥七福神・弁財天

神社から道路を挟んだ向かい側に弁天宮があります。

御祭神

御祭神

大國主大神(おおくにぬしのかみ)
事代主大神(ことしろぬしのかみ)

由緒

慶安年間(1648年~1651年)徳川家康次男・結城秀康三男で、
徳川家光従兄弟にあたる松江藩初代藩主松平直政が、
当所周辺を将軍家より賜り御用屋敷を設け、鷹狩場としました。

松平直政がその御用屋敷内に、出雲杵築大社(現在の出雲大社)と、
稲荷社を勧請したのが始まりです。

貞享年間(1684年~1687年)御用屋敷は幕府の直轄地になりましたが、
神社は残されて、当地である境本村氏神となりました。

昭和二十一年(1946年)出雲美保神社より事代主大神勧請し、
だいこく様(大國主大神)えびす様(事代主大神)二福神を祀る神社となりました。

創建者である松平直政顕彰碑です。

二の鳥居と社殿

社殿

南鳥居

令和八年正月:南鳥居

神楽殿

令和八年正月:神楽殿

大きな絵馬が飾られていました。

神輿殿

稲荷神社(左)と八坂神社

富士塚(ふじづか)(多摩地域で2番目の規模)

富士塚

富士信仰に基づいて、富士山に模して造られた山や塚のことです。
江戸時代に始まったもので、特に関東地方の神社に多く見られます。
既に存在する丘や古墳を転用して富士山に見立てたものや、
富士山の溶岩積み上げたものがあります。
浅間神社の境内にあり、富士塚の山頂にも浅間神社奥宮が設けられています。

社務所のそばに富士塚への道があります。

頂上には富士浅間神社があります。

富士塚明治十四年に、境本村をはじめ近隣二十二町村丸嘉講の協力により作られ、
富士講の講中富士登山七富士参りをする際、先達や講員安全を祈願しました。

清瀬市にある中里の富士塚(清瀬)に次いで、三多摩では最大規模のものです。

千本イチョウ

主幹の樹高約25メートルあります。

武蔵野市立第二小学校開校記念碑

今の武蔵野市立第二小学校開校した記念碑です。
明治八年(1875年)杵築大社の境内に移転しました。

杵築大社のご朱印

平成二十六年拝受:ご朱印

令和三年拝受:ご朱印

令和八年拝受:ご朱印

令和八年拝受:武蔵野吉祥七福神・恵比寿神・ご朱印

七福神のご朱印は色紙のみでした。

令和八年拝受:武蔵野吉祥七福神・弁天様・ご朱印

神社情報

  • 住所:東京都武蔵野市境南町2-10-11
  • アクセス:JR中央線武蔵境駅徒歩3分

杵築大社の周辺

太宰治ゆかりの場所:三鷹駅の跨線橋(こせんきょう)

太宰治ゆかりの場所として有名な跨線橋が三鷹にあります。
柱や橋げたには古いレールが使われているそうです。

昭和十四年(1939年)三鷹に移り住んだ作家太宰治は、
跨線橋に登って街を眺めるのが好きだったそうです。

昭和四年(1929年)建設されましたが、老朽化に伴い、
令和三年(2021年)に解体・撤去されることが決まりました。

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