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猫稲荷:三光稲荷神社(さんこういなりじんじゃ)
日本橋七福神を巡拝中に立ち寄りました。
人形町交差点と堀留町交差点の間に三光稲荷神社参道がありました。
東側からの参道の看板です。
由緒
大阪の歌舞伎役者である関三十郎が堺町中村座で公演中、霊光のごとき閃きがあり、
観客は彼の芸体に放光せし如く見えて賞賛され、名声を不動のものにしたと伝えられました。
これは神明の加護によるものと、名前の『三』と『光』の二字をもって三光稲荷と称し、
長谷川町の大地主である建石三蔵の庭内に安置し、町内の氏神として崇敬されました。
もとは人形町三丁目に接する道路に面していましたが、
昭和八年に現在地に移転し、その前通りを三光新道と呼ばれるようになりました。
人形町には明暦三年(1657年)の江戸の大火で焼失し、浅草に移るまで、
吉原遊郭がありました。
古くから娘・子ども・芸妓等の参詣するものが多かったそうです。
御神体にまつわる逸話
昭和二十六年(1951年)に福島県郡山市郊外の三春村の豪農である池田氏より、
三光神社の御神体を預かっているという連絡が「日本橋長谷川町役場」にありました。
関東大震災後に道具市で「長谷川町守護神」とある小祠を買い、自宅で奉斎すると、
神明の加護により繫栄するも、夜な夜な家鳴りがして、
「長谷川町に帰りたい」というお告げがあったそうです。
関東大震災のとき、神主が御神体を奉安して逃げのび、
行方がわからなくなっていたものでしたが、無事日本橋堀留二丁目に戻ってきました。
社殿
大正十二年の関東大震災で社殿を焼失し、翌十三年に再建されました。
昭和三十九年に社殿が増改築され、現在に至ります。
猫探しの御利益
三光稲荷神社は猫探しに御利益があり、『失せ猫祈願』を受け付けています。
招き猫が奉納されています。
三光稲荷神社のご朱印
三光稲荷神社:ご朱印
ご朱印は人形町通りを右に四軒目の化粧品店「オキナ」さんにて頂きました。
ご朱印用紙は『小津和紙』が使われているそうです。
また鳥居には『木曽ひのき』が使われているとのことです。
神社情報
- 住所:東京都中央区日本橋堀留町2-1-13
- アクセス:東京メトロ日比谷線人形町駅徒歩約3分
三光稲荷神社周辺
橘稲荷神社
三光稲荷神社の近くに橘稲荷神社がありました。
江戸時代には将軍家御典医の岡本玄冶の邸があったことから、
『玄冶店(げんやだな)』と呼ばれていました。
稲荷神社は元々御殿山から江戸城内に移っていましたが、玄冶に賜り、
当地に移されたそうです。
関東大震災や戦災を免れてきましたが、老朽化により、
平成二年に地元町民の浄財により再建されました。
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