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駿河国総社・東海の日光:静岡浅間神社(しずおかせんげんじんじゃ)
静岡駅の静岡市総合観光案内所の入口には、
『家康公が愛したまち静岡』のイラストがありました。
江戸時代の文化元年(1804年)から六十年余という長い年月を掛けて、
現在の静岡浅間神社の社殿群が再建されました。
全国から集められた職人は孫の代まで再建工事に従事しました。
その後職人たちは漆器や木工品、塗下駄、竹細工などの地場産業に腕を振るっていき、
時代の流れの中でプラモデル製造に移行していきました。
静岡駅前:竹千代君今川義元公像
静岡駅前には『竹千代君像今川義元公像』がありました。
全国東照宮めぐり
東照宮は神部神社と八千戈神社に併せ祀られています。
全国東照宮めぐり:御朱印帳
御朱印帳は日光東照宮で頂きました。
静岡浅間神社:由緒
静岡浅間神社(通称:おせんげんさま)は総称で、
神部神社、浅間神社、大歳御祖神社の三社からなります。
いずれも独立の神社として祭祀が行われています。
鎮座地の賤機山(しずはたやま)は『静岡の地名発祥の地』といわれています。
徳川家康は十四歳の時、神社にて元服式を行いました。
鎌倉時代以降歴代幕府の崇敬を受け、特に今川氏と徳川氏から厚い尊崇を受けました。
江戸時代には徳川氏より天正・慶長・寛永・文化年間に大造営が行われました。
文化元年(1804年)から六十年余の歳月と、
当時の金額で十万両の巨費を投じて建築されたのが現在の社殿群です。
静岡浅間神社の七社参り
静岡浅間神社の七社全てお参りすると万願叶うといわれています。
一社ごとの社殿の豪華さに圧倒されました。
どうする家康 静岡 大河ドラマ館
2023年大河ドラマ『どうする家康』の静岡大河ドラマ館が境内にあります。
大歳御祖神社(おおとしみおやじんじゃ)
由緒
応神天皇四年の鎮座と伝えられています。もとは社名を『奈古屋社』とも称しました。
安倍の市(静岡)の守護神で奈古屋大明神とも呼ばれています。
主祭神は『大歳御祖命(おおとしみおやのみこと)』で、
倉稲魂神(うかのみたまのかみ)・大年神(おおとしがみ)の母神です。
赤鳥居:大歳御祖神社
浅間通りの正面に赤鳥居があります。
大歳御祖神社は境内社ですが、あまりの豪華さに本社と間違えそうになります。
神門:大歳御祖神社
太平洋戦争の空襲で焼失したため、鉄筋コンクリート造で再建されました。
社殿:大歳御祖神社
本殿は国の重要文化財に指定されています。
神部神社(かんべじんじゃ)・浅間神社(あさまじんじゃ)
神部神社(かんべじんじゃ):由緒
崇神天皇の御代の鎮座と伝えられ、登呂遺跡の時代からの最も古い神社です。
主祭神は大己貴命(おおなむちのみこと:大国主命の別名)で、
配祀神の中には東照宮も祀られています。
浅間神社(あさまじんじゃ):由緒
延喜元年(901年)に醍醐天皇の勅願によって、
富士宮市に鎮座する富士山本宮浅間神社のご分霊を勧請し、
『富士新宮』としてお祀りされたと伝わります。
主祭神は『木之花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)』です。
国指定重要文化財:総門
総門は麻機街道に面しています。
石鳥居
総門から見た石鳥居です。
国指定重要文化財:楼門
文化十三年(1816年)に総漆塗りで竣工しました。
国指定重要文化財:舞殿
文政三年(1820年)に竣工しました。江戸後期に造営された社殿中、
唯一の素木(しらき)造りです。
舞殿の後ろに大拝殿があります。
国指定重要文化財:大拝殿(二階拝殿)
大拝殿は神部神社・浅間神社の両方の拝殿です。文化十一年(1814年)に竣工されました。
楼閣造りでいわゆる浅間造りの代表的なものです。
高さは二十五メートルあり、殿内は百三十二畳敷きの広さがあります。
国指定重要文化財:北回廊
令和四年度に保存修理事業が完了し、漆を塗り終えた美しい姿を見ることができました。
約1トンの漆が屋根や壁に使われているそうです。
国指定重要文化財:南回廊
現在保存修理工事中でした。
奥には工事中の南回廊です。社務所が隣にあります。
国指定重要文化財:本殿
国指定重要文化財:神馬舎
神馬舎には伝・左甚五郎作の叶え馬と呼ばれる木彫りの神馬があります。
徳川家康が浅間神社に奉納した馬を模して、江戸幕府三代将軍の徳川家光が作らせました。
その昔浅間神社が火事になった時、
二頭の木の神馬が三保明神(御穂神社)に逃げてしまいました。
火事がおさまると一頭は浅間神社に戻ってきましたが、
もう一頭はそのまま三保明神にとどまったと伝えられています。
御神水井戸
静岡浅間神社の近くには、
徳川家康が今川家の人質の頃に太原雪斎の教えを受けた臨済寺や駿府城があり、
神社に参拝した折、御手水されたことが窺い知れます。
観阿弥の碑
世阿弥の父の観阿弥が最後に演能したのが静岡浅間神社と記録されています。
演能後十五日後に駿河の国で死去しました。
『風姿花伝』の一節が刻まれています。
碑文は生駒・宝山寺の旧伝本より転写されました。
神池
斎館(さいかん)
斎館は旧社務所でした。
現在は神池西側に移築され、せんげん塾や茶会に利用されています。
八千戈神社(やちほこじんじゃ)
由緒
徳川家康の念持仏であった摩利支天像を安置する為に造営されました。
主祭神は八千戈命(やちほこのみこと:大己貴命の荒御魂)です。
摩利支天は明治の神仏分離の際に臨済寺に遷されました。
国指定重要文化財:八千戈神社中門・透塀・本殿
社殿は徳川家をはじめ幕府が殊に崇敬を尽くし、壮麗なものとなっています。
玉鉾神社(たまぼこじんじゃ)
由緒
明治九年に県内の神官により官許を得て創祀されました。
御祭神は羽倉東麿(はぐらあづままろ)大人命、岡部真渕(おかべまぶち)大人命、
本居宣長(もとおりのりなが)大人命、平田篤胤(ひらたあつたね)大人命、
国学の四大人が祀られています。
社殿
昭和十五年に紀元二千六百年記念として造営された社殿は、
昭和四十九年の七夕豪雨で全壊したため、
伊勢神宮の古材を賜り、昭和五十二年に再建されました。
少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)
由緒
もと神宮寺薬師社と称し、薬師如来・十二神将を安置していました。
明治の神仏分離の際に薬師如来と十二神将は臨済寺に遷されました。
国指定重要文化財:本殿
麓山神社(はやまじんじゃ)
由緒
古来、賤機山(しずはたやま)に鎮座し、『山宮』と称せられました。
御祭神は大山祇命(おおやまづみのみこと)で、日本武尊が配祀されています。
百段(麓山神社参道)
国指定重要文化財:拝殿
賤機山古墳(しずはたやまこふん)
参道の百段階段の上に賤機山古墳があります。
昭和二十八年に国の史跡に指定されました。
大歳御祖神社本殿の裏に古墳入口があります。
いのしし出没中!要注意!という看板が出ていました。
静岡浅間神社のご朱印
静岡浅間神社:御朱印帳
平成二十二年拝受:静岡浅間神社:ご朱印
令和五年拝受:静岡浅間神社:ご朱印
神部神社:ご朱印
神部神社・東照宮:ご朱印
浅間神社:ご朱印
八千戈神社:ご朱印
八千戈神社・東照宮:ご朱印
大歳御祖神社:ご朱印
麓山神社:ご朱印
少彦名神社:ご朱印
玉鉾神社:ご朱印
ご朱印は社務所で頂きました。
神社情報
- 住所:静岡県静岡市葵区宮ケ崎町102-1
- アクセス:JR静岡駅下車9番乗り場「安倍線」または「美和線」赤鳥居浅間神社入口下車
- HP:http://www.shizuokasengen.net/index.html
ご覧頂きましてありがとうございます。
昭和四十年(1965年)に全国の徳川家康公を奉斎する神社で、
『全国東照宮連合会』が結成されました。
平成二十七年の徳川家康没後四百年忌にご朱印帳が作成されました。
『全国東照宮めぐり』は現在加盟している四十七社を巡るものです。