埼玉県比企郡吉見町:坂東三十三観音霊場第十一番札所:吉見観音安楽寺のご朱印

源頼朝弟・源範頼ゆかりの地:吉見観音安楽寺(あんらくじ)

坂東三十三観音霊場

坂東三十三観音霊場

鎌倉幕府初代将軍源頼朝によって発願され、
三代将軍源実朝が西国霊場を模範として札所を制定しました。
札所は鎌倉を出発点関東七県に点在し、全行程は1,300㎞です。
室町時代には『西国三十三観音霊場』『秩父三十四観音霊場』と合わせて、
『百観音巡礼』が行われるようになりました。

坂東三十三観音霊場専用の御朱印帳でお参りさせて頂きました。

源範頼(みなもとののりより)

源範頼

源義朝六男鎌倉幕府初代将軍源頼朝異母弟になります。
蒲冠者(かばのかじゃ)蒲殿(かばどの)と呼ばれています。
頼朝の代官として、源義仲平家討伐に赴き、源義経とともに打ち破りました。
建久四年(1193年)に頼朝に謀反の疑いをかけられ、修善寺流されました。

源範頼領地の半分安楽寺に寄進し、大講堂三重塔などを建立しました。

寺標にも『蒲冠者 源範頼 旧蹟』と書かれています。

由緒

およそ千三百年前、東国を巡遊していた行基が、観音像を刻んで岩窟に納めたのが始まりです。
坂上田村麻呂奥州征伐の際戦勝を祈願し、勝利した後、堂宇を建立したといわれています。

安楽寺の発展に力を注いだ源範頼は、平治の乱に敗れた後助命され、
この地で稚児僧として育てられました。
源範頼が建立した堂宇は、天文年間(約四百五十年前)に、
上杉憲政北条氏康松山城合戦の際に全て焼失してしまいました。

仁王門

県道から脇道を入ると、先に仁王門が見えます。

現在の仁王門元禄十五年(1702年)建立されました。
正面の蟇股(かえるまた)内と肘木(ひじき)阿吽の獏が配置されています。
左右には二メートルを超える金剛力士像が納められています。

境内

広い境内には阿弥陀如来像があり、更に階段を登ると本堂があります。

吉見大仏:阿弥陀如来像

境内には吉見大仏と呼ばれる阿弥陀如来像と、奥に地蔵菩薩像があります。

寛政三年(1789年)鋳造と伝えられています。

本堂

現在の本堂は寛文元年(1661年)建立されました。
堂内には日光東照宮眠り猫などで知られる、
左甚五郎作『野荒らし虎』があります。

三重塔

現在の三重塔は寛永年間(1624年~1644年)建立されました。
高さ24.3メートルあります。

薬師堂

八起地蔵尊

本堂裏にある『八起地蔵尊』の案内石碑そばの階段を登ります。

地蔵尊の横には鐘楼堂があります。鐘楼堂の奥に地蔵尊があります。

吉見観音安楽寺のご朱印

平成十七年拝受:坂東三十三観音霊場第十一番・ご朱印

令和五年拝受:坂東三十三観音霊場第十一番・ご朱印

寺院情報

  • 住所:埼玉県比企郡吉見町大字御所374
  • アクセス:東武東上線東松山駅下車バス鴻巣免許センター行き久保田バス停下車徒歩40分
         関越自動車道東松山インターより約20分
  • HP:https://yoshimikannon.jp/

吉見観音安楽寺周辺

厄除けだんご:どびんや

仁王門への道路沿いには厄除けだんごを売っている『どびんや』がありました。

ご覧頂きましてありがとうございます。