鎌倉幕府初代将軍・源頼朝ゆかりの寺院:日向薬師(ひなたやくし)宝城坊(ほうじょうぼう)
丹沢(たんざわ)三山めぐり
日本三薬師
柴折薬師:高知県大豊町
米山薬師:新潟県上越市
日向薬師:神奈川県伊勢原市
諸説ありますが、愛知県の峯薬師(鳳来寺)とともに、
「日本三大薬師」にも数えられています。
武相(ぶそう)四大薬師
東京や神奈川にある、薬師如来を本尊とする四つの寺院を指します。
高尾山薬王院:東京都八王子市
新井薬師:東京都中野区
峰の薬師:神奈川県相模原市緑区
日向薬師:神奈川県伊勢原市
由緒
「日向薬師」と呼ばれ、霊亀二年(716年)に行基が開創したといわれています。
明治以前は「日向山霊山寺(ひなたさんりょうぜんじ)」と称し、
子院が十二坊ある大寺院でしたが、明治の廃仏毀釈で多くの堂舎が失われ、
霊山寺の別当坊であった宝城坊が寺籍を継ぎました。
日向薬師宝城坊は、多くの文化財があります。
鎌倉幕府初代将軍・源頼朝ゆかりの寺院
鎌倉時代の史書『吾妻鏡』には、建久三年(1192年)に、
源頼朝の妻・北条政子の安産祈願の為読経をさせた寺院の一つとして、
霊山寺の名が見え、後に三代将軍となる源実朝が生まれました。
建久五年(1194年)には源頼朝が娘・大姫の病気回復祈願の為、自ら参詣しました。
境内入り口(境内入り口駐車場方面)
境内入り口駐車場から入りました。
境内に向かう途中にある公衆トイレはチップ制になっていました。
本堂(国指定重要文化財)
江戸時代の万治三年(1660年)に旧本堂の部材を利用して建てられました。
高さ約十メートルの規模を誇る、茅葺きの見事な建物です。
万治三年(1660年)の修造の際は、江戸幕府から丹沢の立木百本の寄進を得ました。
境内
山門からの参道
参道を登ると本堂のある境内に到着します。
本鐘堂
茅葺き屋根の本鐘堂は、国指定重要文化財の暦応三年(1340年)の銘文を持つ、
銅鐘が吊るされています。
現在の鐘堂は棟札の銘から、宝暦十三年(1763年)の建造と考えられます。
平成二十四年に茅葺き屋根の葺き直しなどの修復工事が行われました。
通常鐘堂は四本の柱で建てられていますが、宝城坊の鐘堂は、一隅に三本を使い、
四隅合わせて十二本の柱で建てられています。
十二本の柱は、薬師如来を守護する十二神将をあらわすといわれています。
宝城坊の二本杉
鎌倉公方の足利基氏が錦幡(きんばん)を奉納し、それを杉に掛けたことから、
『幡かけの杉』とも呼ばれています。
虚空蔵菩薩
日向山の奥の院に祀られていましたが、
参詣しやすいようにこの霊樹(シラカシの木)の中に移したものです。
伊勢原市登録文化財:神木(しぎ)のぼり
日向の修験については、資料が残っていませんが、文明十八年(1486年)に、
本山派修験の棟梁・聖護院准后道興(しょうごいんじゅんこうどうこう)が、
逗留した記録があります。
戦国時代の永禄十二年(1569年)には北条氏と武田氏が争った三増(みます)合戦に関連して、
相模原市青根にて日向山伏が戦っています。
神木のぼりは、毎年四月十五日に斎行する行事の一つで、
山伏の峯入りの様子を今に伝える数少ない伝統行事のひとつです。
明治初期の神仏分離、修験の禁止で途絶えますが、昭和四十九年に復活しました。
宝殿(ほうでん)
宝殿(ほうでん)は国指定重要文化財を収蔵するための施設です。
二十三躯の仏像が一堂に安置されています。
日向薬師宝城坊のご朱印
薬師如来・ご朱印
丹沢三山めぐり:薬師瑠璃光・ご朱印
寺院情報
- 住所:神奈川県伊勢原市日向1644
- アクセス:小田急小田原線伊勢原駅下車日向薬師行バス乗車終点下車参道経由徒歩約15分
駐車場はバス停隣駐車場(無料:山門経由徒歩約15分)と、
境内入り口駐車場(無料:徒歩約2分)の2つあります。 - HP:https://www.hinatayakushi.com/
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丹沢山系の「大山」「日向山」「飯山」の寺院を巡ります。
飯山:坂東第六番札所:飯山観音:長谷寺(ちょうこくじ):神奈川県厚木市
大山:炎の寺:あぶりさん:大山寺:神奈川県伊勢原市
日向山:日本三薬師:日向薬師宝城坊:神奈川県伊勢原市