北条義時ゆかりの寺:覚園寺(かくおんじ)
古都鎌倉十三佛霊場
古都鎌倉十三佛霊場:御朱印帳
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鎌倉二十四地蔵尊霊場
明治の廃仏毀釈などで失われる地蔵尊を憂い、
明治三十四年(1901年)より各所を捜索し、
大正六年(1917年)に成立したといわれています。
鎌倉二十四地蔵尊霊場には専用の御朱印帳はありませんでしたので、
寺院用の御朱印帳にご朱印を頂きました。
鎌倉幕府有力御家人:北条義時ゆかりの地
北条時政の次男で、姉の北条政子が源頼朝の妻となったことを契機に、
父や兄・宗時とともに平家打倒に挙兵しました。
頼朝をはじめ、源頼家、源実朝など歴代の幕府将軍を助け、
後に鎌倉幕府二代執権となりました。
政子とともに、源実朝の暗殺や、
後鳥羽上皇による承久の乱の危機を乗り越えましたが、
元仁元年(1224年)に亡くなりました。享年六十二でした。
建保六年(1218年)に鎌倉幕府第二代執権の北条義時が建立した、
大倉薬師堂が起源とされています。
薬師如来の眷属(けんぞく)である十二神将のうち『戌神(いぬがみ)』が、
北条義時の夢に現れました。
戌神に「今年の参拝は無事でしたが、
年明けの参拝があるときにはそなたは同行しないほうが良い」といわれ、
自身の安全を願い、大倉の地に薬師堂を建てたそうです。
翌年承久元年の正月二十七日に鎌倉幕府三代将軍の源実朝の右大臣拝賀の式の際、
北条義時は拝賀に同行しましたが、道中で白い犬と目が合い、一歩も進めなくなり、
御剣の役を代わってもらい帰宅しましたが、
その際、源実朝は甥の公暁に討ち取られてしまいました。
お告げにより襲撃を逃れた義時は、戌神伐折羅大将を一層篤く敬ったそうです。
由緒
鎌倉幕府九代執権の北条貞時は永仁四年(1296年)に外敵退散を祈念して、
大倉薬師堂を正式な寺に改めました。
北条貞時を開基とし、開山を泉涌寺の智海心慧(ちかいしんえ)です。
三度目の元寇が無いように祈願しました。
元弘三年(1333年)に後醍醐天皇の勅願寺となりました。
その後建武四年(1337年)の火災で本堂が焼失すると、
文和三年(1354年)に室町幕府初代将軍の足利尊氏によって再建されました。
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覚園寺への道の碑(弘法大師八十八箇所道)
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鎌倉宮前のバス停側に覚園寺への道の碑があります。
山門
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山門から境内
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愛染堂
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元は大楽寺のお堂でしたが、明治の廃仏毀釈で覚園寺に移築されました。
愛染明王が祀られています。
客殿
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撮影禁止エリア
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拝観受付から先は撮影禁止エリアとなります。
この先に『本堂薬師堂』『地蔵堂と千体堂』があります。
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本堂 薬師堂
大倉薬師堂が前身となります。
現在の薬師堂は文和三年(1354年)に室町幕府初代将軍の足利尊氏によって再建されました。
足利尊氏によって直筆で書かれた棟札がありました。
地蔵堂
黒地蔵の通称のある地蔵菩薩立像が安置されています。
国指定重要文化財です。
覚園寺のご朱印
令和五年拝受:御本尊・薬師如来:ご朱印
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平成二十六年拝受:鎌倉十三佛霊場第十一番札所:ご朱印
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令和四年拝受:鎌倉二十四地蔵尊第三番札所:ご朱印
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令和四年拝受:南無大師:ご朱印
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北条義時公霊験:戌神伐折羅大将:ご朱印
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令和四年拝受:授与品
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ご朱印を頂いた際の授与品です。
寺院情報
- 住所:神奈川県鎌倉市二階堂421
- TEL:0467-22-1195
- アクセス:JR鎌倉駅下車バス「鎌倉宮」行き「大塔宮」下車徒歩10分
- HP:https://kamakura894do.com/index.html
覚園寺周辺
詩人・蒲原有明(かんばらありあけ)旧居跡
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覚園寺に向かう途中に詩人の『蒲原有明旧居跡』があります。
この家には昭和十二年から川端康成が有明の持ち家と知らずに住んでいたそうで、
昭和二十年に戦災に遭った有明が戻った際には快く迎え入れ、
自らは長谷に転居したそうです。
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天園(てんえん)ハイキングコース入口
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覚園寺の手前には天園ハイキングコースの入口があります。
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ご覧頂きましてありがとうございます。
十三仏を参拝すれば、亡き人の追善になり、
また追善を行った功徳により、
自らの死後十三王の審判から救済されるという十三仏信仰が盛んになり、
日本全国に霊場があり、多くの人が巡拝しています。