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鶴岡八幡宮一の鳥居そば:畠山重保墓所(はたけやましげやすぼしょ)
鶴岡八幡宮の一の鳥居のそばに、鎌倉幕府有力御家人の畠山重忠の息子、
畠山重保の墓所があります。
畠山重保(はたけやましげやす)
畠山重保
畠山重保墓所
墓所には畠山重保の邸宅があったといわれています。
中央の大きな宝篋印塔は明徳四年(1393年)の造立といわれています。
高さは三.四メートルを超えます。
鎌倉町青年團:畠山重保邸跡石碑
墓所情報
- 住所:神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-14
- アクセス:JR鎌倉駅下車徒歩9分
ご覧頂きましてありがとうございます。
生年は不詳です。父親は鎌倉幕府有力御家人の畠山重忠で、
母親は北条時政の娘となります。
元久二年(1205年)に北条時政の娘婿である平賀朝雅(ひらがともまさ)との確執により、
謀反の疑いをかけられ、由比ヶ浜に呼び出されたところを三浦義村に討たれました。
父親である畠山重忠も北条義時に討たれ、畠山氏は滅亡しました(畠山重忠の乱)