近畿三十六不動霊場第六番札所:おおさか十三佛霊場第八番札所:太融寺(たいゆうじ)
近畿三十六不動霊場
専用のバインダー式の御朱印帳で巡拝しました。
おおさか十三佛霊場
初七日から三十三回忌まで、死者の成仏を司る十三仏を祀る、
大阪府内の寺院を巡る霊場です。昭和五十四年(1979年)に発足しました。
青色の御朱印帳ケースに入った専用の御朱印帳(右)で巡拝しました。
由緒
弘仁十二年(821年)に弘法大師空海が、この地にあった霊木から地蔵菩薩と毘沙門天を作成し、
それらを祀る草庵を結んだことが始まりです。
翌年には嵯峨天皇の勅願により、天皇の念持仏である千手観音を本尊として下賜されました。
承和十年(843年)に嵯峨天皇の皇子である左大臣の源融(みなもとのとおる)によって、
境内地が広げられ、寺名も源融の諱(いみな)から太融寺と改められました。
慶長二十年(1615年)の大坂夏の陣の兵火で全焼するが、
元禄年間(1688年~1704年)に本堂など諸堂が再建されました。
昭和二十年(1945年)の大阪大空襲で全焼しますが、本尊は無事でした。
戦後20余りの堂宇が再建されました。境内には伽藍再建記念碑もありました。
西門
『源融公之舊蹟(きゅうせき)』の石碑が建っています。
北門
扇町通に面して小さな北門があります。
東門
本堂
本堂は昭和三十五年(1960年)に再建されました。
史跡・淀殿之墓
慶長二十年(1615年)の大坂夏の陣で破れ、豊臣秀頼とともに自害した、
秀頼の母・淀殿のお墓がありました。
かつて東成郡鴫野村弁天島にあった淀姫神社に安置されていましたが、
明治十年(1877年)に弁天島全域が軍用地に指定されたため、太融寺に移転されました。
境内案内図
一願堂:近畿三十六不動霊場第六番札所
写真奥にある一願堂には石仏の不動明王が祀られています。
昭和六十一年(1986年)に建立されました。近畿三十六不動霊場第六番札所となります。
宝塔
宝塔は昭和六十一年に建立されました。大日如来が祀られています。
護摩堂
一願堂と大師堂の間に護摩堂があります。昭和六十一年に再建され、
不動明王が祀られています。
大師堂:なにわ七幸めぐり・弘法大師
昭和六十一年に再建されました。
白竜明神
女性のための縁結びの神様だそうです。
八角堂
永代供養の位牌が祀られているそうです。
第五十一代横綱・玉の海正洋之碑
境内には、第五十一代横綱玉の海の碑がありました。
昭和四十六年(1971年)に現役のまま急性冠不全で急死した悲劇の横綱です。
国会期成同盟発祥之地・石碑
明治十三年(1880年)に、太融寺で国会期成同盟結成大会が開かれ、
その後の自由党の前身となりました。
太融寺のご朱印
平成十八年拝受:御本尊・ご朱印
令和五年拝受:御本尊・摂津名所図会・ご朱印
台紙が摂津名所図会で、太融寺が描かれています。
平成十八年拝受:近畿三十六不動霊場第六番札所・ご朱印
令和五年拝受:近畿三十六不動霊場第六番札所・ご朱印
平成十八年拝受:おおさか十三佛霊場第八番・ご朱印
平成十八年拝受:千手観音・ご朱印
平成十八年拝受:なにわ七幸めぐり・ご朱印
寺院用の御朱印帳に書いて頂きました。
寺院情報
- 住所:大阪府大阪市北区太融寺町3-7
- アクセス:大阪メトロ谷町線東梅田駅徒歩約7分
- HP:https://taiyuji.net/index.html
太融寺周辺
円通院墓地:大石内蔵助父の墓
露天神社(お初天神)から太融寺に向けて歩いていると、
太融寺の南側の通り沿いに、大石内蔵助父の墓と書かれた石碑がありました。
忠臣蔵の仇討ちで有名な大石良雄の父親の大石良昭の墓があります。
ご覧頂きましてありがとうございます。
近畿地方の大阪府・京都府・兵庫県・滋賀県・奈良県・和歌山県に、
古寺顕彰会が中心となって開設した霊場です。昭和五十四年に発足しました。