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御嶽信仰:おいぬ様:武蔵御嶽神社(むさしみたけじんじゃ)
武蔵御嶽神社はJR青梅線御嶽駅よりバスで10分。
ケーブルカーに乗ってさらに徒歩約25分歩いたところにあります。
由緒
創建は崇神天皇の御代と伝えられ、
天平八年(736年)僧行基により蔵王権現が祀られて以来、
東国の蔵王信仰の中心として広く知られるようになりました。
文暦元年(1234年)朝廷から大中臣国兼が派遣され、
荒廃していた社殿を再興しました。
延文四年(1359年)鎌倉公方足利基氏により社殿が修築され、
永世八年(1511年)三田弾正忠平氏宗により社殿が建立されました。
明治七年(1874年)に御嶽蔵王権現から御嶽神社に社名を改められ、
昭和二十七年(1957年)武蔵御嶽神社となりました。
おいぬ様
天明三年(1783年)の作といわれています。
ニホンオオカミをかたどった狛犬です。
日本武尊は東征の際案内をした白狼を、
『大口真神(おおくちまがみ)』としてこの地に留め、
魔物を退治するよう伝えたといいます。
江戸時代の天保の頃から魔除け・盗難除けの神として、
『おいぬ様』と呼んで篤く信仰されたそうです。
今では愛犬祈願も社頭で行われています。
参道
参道鳥居
田部井淳子さんの碑
女性初のエベレスト登頂に成功した田部井淳子さんの一周忌に除幕されました。
参道の階段に潜む鬼
鎌倉幕府御家人:畠山重忠ゆかりの地
鎌倉幕府の有力な御家人の一人であった畠山重忠の銅像があります。
奉納した赤糸威大鎧(国宝)、黒漆太刀銘宝寿(国指定重要文化財)は、
宝物殿に安置されています。
社殿
足利尊氏や徳川家康の関東入国の際に神領が寄進されています。
慶長十一年(1606年)に家康の命で社殿を改築した際は、
南向きであった社殿が、江戸の西の護りとして東向きに改められました。
現在の拝殿は、元禄十三年(1700年)に江戸幕府五代将軍徳川綱吉により造営されました。
江戸中期になると、御嶽信仰が関東一円に広がり、
御嶽講(みたけこう)が組織され、現在まで続いています。
奥の院遥拝所
標高1077メートルの高さにある奥の院の遥拝所となります。
秩父多摩甲斐国立公園の中に、奥の院への鳥居もあります。
常磐堅磐社(ときはかきはしゃ)
かつては本殿として、
永正八年(1511年)に一間社流造・銅板葺きの桃山様式で創建されました。
明治十年(1877年)に現在の本殿に建て替えられた際、
移築され、常磐堅磐社となりました。
随身門
明治の神仏分離前は仁王門であったそうです。
秩父多摩甲斐国立公園:綾広の滝(あやひろのたき)
神社より山のほうへ向かうと秩父多摩甲斐国立公園のエリアとなり、
武蔵御嶽神社の禊(みそぎ)の行事に使われる綾広の滝があります。
幽玄な雰囲気につつまれています。
武蔵御嶽神社のご朱印
武蔵御嶽神社:ご朱印
産安社:ご朱印
産安社案内看板
神社情報
- 住所:東京都青梅市御岳山176
- アクセス:JR青梅線御嶽駅下車、ケーブル下行きバス滝本下車
ケーブル御岳山駅下車徒歩25分 - HP:http://musashimitakejinja.jp/
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櫛真智命(くしまちのみこと)
大己貴命(おおなむちのみこと)
少彦名命(すくなひこのみこと)
安閑天皇(あんかんてんのう)
安閑天皇は、神仏習合の教説で蔵王権現と同一視されていた為、
神仏分離令以後、祭神とし直された神社が多いそうです。
日本武尊(やまとたけるのみこと)