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国指定史跡・新田荘遺跡:太平記の里:生品神社(いくしなじんじゃ)
由緒
上野太守であった豊城入彦命が鎮護のために大己貴命を祀ったとも、
平将門の弟・御厨三郎将頼の霊を祀ったとも伝わります。
天喜年間(1053年~1057年)に源義家が奥州征伐の折、当社に祈願したともいわれています。
元弘三年(1333年)五月八日、新田義貞は後醍醐天皇の綸旨を受けて、
生品神社の境内で、鎌倉幕府討伐の旗揚げをしました。
旗揚げの際はわずか百五十騎でしたが、越後の新田一族などが加わり、
たちまち数千騎になって、十五日間で鎌倉幕府を攻め落としたといわれています。
新田義貞旗挙塚(はたごづか)
境内の西側には、新田義貞が旗を挙げた旗挙塚(はたごづか)があります。
新田義貞床几塚(しょうぎづか)
境内の南側には、新田義貞床几塚(しょうぎづか)があります。
神代木
境内には新田義貞が挙兵の際、大中黒の旗を掲げた木が保存処理され、展示されていました。
明治三十七年に腐食により倒れ、その一部が保存処理され、展示されました。
新田義貞像
駐車場にある新田義貞像は、平成二十四年(2012年)に建立されました。
昭和五十八年(1983年)に安置されたかつての新田義貞像は、
平成二十二年(2010年)二月に盗難に遭い、行方はわかっていません。
現在はは銅像の台だけが残っています。
新田公挙兵六百年・六百五十年記念碑
境内には、新田義貞の挙兵六百年・六百五十年の記念碑がそれぞれあります。
鳥居
境内には、社標のそばの朱色の鳥居以外に、二つの石の鳥居があります。
参道
参道を巨木に囲まれ、自然豊かで落ち着いた環境でした。
中央にある小屋には、新田義貞が旗を掲げた樹が展示されています。
社殿
参拝当時は修復工事が行われていました。
生品神社のご朱印
生品神社・ご朱印
神社情報
- 住所:群馬県太田市新田市野井町645
- アクセス:東武伊勢崎線木崎駅よりタクシー10分
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