大阪府大阪市天王寺区:法然上人二十五霊場第七番札所:天王寺一心寺のご朱印

開山・法然上人:お骨佛の寺:大坂冬の陣・徳川家康本陣:天王寺一心寺(いっしんじ)

法然上人二十五霊場

法然上人二十五霊場

法然上人(ほうねんしょうにん)二十五霊場は、
浄土宗の開祖である法然上人ゆかりのある地を巡ります。
宝暦年中(1751年~1763年)の頃、大阪・難波順阿京都・洛西廊誉の二人の僧が、
法然上人ゆかりの霊場二十五箇所を巡拝したことが始まりといわれ、
昭和四十九年(1974年)浄土宗開宗800年を記念して再興されました。

京都・大阪・奈良・兵庫・三重・和歌山・岡山・香川霊場があります。

専用の御朱印帳で巡拝しました。

由緒

文治元年(1185年)四天王寺別当であった慈円要請によって、
法然四天王寺西門の坂のほとりに四間四面草庵『荒陵(あらはか)の新別所』を結び、
源空庵と呼ばれるようになりました。

慶長元年(1596年)三河国の僧・本誉存牟(ほんよぞんむ)上人が、一心寺として再興しました。
慶長五年(1600年)には、大坂で夭折した徳川家康の八男・仙千代葬儀が行われました。

大坂冬の陣では茶臼山隣接した一心寺に、徳川家康の陣が置かれました。

仁王門

鉄とコンクリートで造られた特徴的な仁王門は、平成九年建立されました。
昭和二十年大阪大空襲焼失した旧山門は、大坂城玉造御門移築され、
黒門と呼ばれました。

彫刻家・神戸峰男氏による、高さ五メートル余り仁王尊が迎えてくれます。

大本堂

納骨堂とお骨佛

明治二十年(1887年)嘉永四年(1851年)から集められた約五万体遺骨から、
阿弥陀如来像を制作したのがお骨佛の始まりです。

念佛堂

念佛堂一心寺前交差点からもよく見えます。

鐘楼堂

『会津藩士の墓』という石碑がありました。
鳥羽伏見の戦いで亡くなった会津藩士の墓があります。

開山堂

開山法然上人が祀られています。昭和二十年大阪大空襲焼失しましたが、
昭和四十八年再建されました。

伝・『真田の抜け穴』井戸跡

『真田の抜け穴』といわれた井戸があったようです。
近くには真田幸村戦死の場所である安居神社があります。


戊辰戦争東軍戦死者招魂碑

鳥羽伏見の戦い東軍招魂碑があります。

八代目・市川團十郎

天保年間から幕末にかけて活躍した八代目・市川團十郎がありました。

北門

国道25号線沿いに北門がありました。

南門

南門を出ると茶臼山(ちゃうすやま)が見えます。

一心寺のご朱印

法然上人二十五霊場第七番札所:ご朱印


寺院情報

  • 住所:大阪府大阪市天王寺区逢阪2-8-69
  • アクセス:大阪メトロ御堂筋線天王寺駅徒歩約15分・大阪環状線天王寺駅徒歩約15分
  • HP:https://www.isshinji.or.jp/index.php

天王寺一心寺周辺

逢坂(一心寺前)から見る通天閣

一心寺北門前逢坂から見た通天閣です。

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