大阪府大阪市北区:お初天神:露天神社のご朱印

人形浄瑠璃『曾根崎心中』の舞台:露天神社(つゆのてんじんしゃ)

人形浄瑠璃『曾根崎心中』ゆかりの地

元禄十六年(1703年)堂島新地天満屋の遊女「お初」と、
内本町平野屋手代「徳兵衛」が、社殿裏「天神の森」心中を遂げました。

その1ヶ月後近松門左衛門は二人の悲恋を人形浄瑠璃『曾根崎心中』として発表し、
大きな話題となりました。

神社の名前も、お初の名から『お初天神』と呼ばれています。

お初・徳兵衛像

平成十六年(2004年)お初・徳兵衛像が建立されました。

お初・徳兵衛にあやかり、縁結びの神社として親しまれています。

商店街:お初天神通り

神社の北側の通りは『お初天神通り』と言われ、飲食店などお店で賑わっています。

お初天神通り側社標

お初天神通りの先にも入口があります。正面鳥居南側にありますが、
大阪駅から向かう場合はこちらから境内に入る事が多いようです。

由緒

神社のある曾根崎周辺は、かつては小島で、「住吉須牟地曽根ノ神」祀ったとされます。

菅原道真太宰府左遷される途中、ここで都を偲んで
『露と散る涙に袖は朽ちにけり 都のことを思い出ずれば』と詠んだことから、
「露天神社」と称するようになったと伝えられます。

菅原道真は、元和八年(1622年)大坂夏の陣焼失した社殿を再建する時に、
後陽成天皇より御神名ご宸筆を受け、相殿に合祀されました。

社殿

社殿は昭和二十年大阪大空襲で焼失しましたが、昭和三十二年再建されました。

右近の橘・左近の桜

三月の下旬に参拝しましたが、桜がきれいに咲いていました。

神牛舎

手水舎

開運稲荷社

明治四十三年に前年の「北の大火」で焼失した近隣の四社の稲荷社合祀奉斎しました。
社殿は往時のままで、神号額北の大火焼け残った御神木から作られたそうです。

水天宮・金刀比羅宮

水天宮は元々寛政九年(1797年)大阪中之島久留米藩蔵屋敷内に祀られていました。
明治になって丸亀藩蔵屋敷金刀比羅宮合祀された後、高松藩蔵屋敷に遷され、
堂島中二丁目遷座されましたが、明治四十二年「北の大火」被災した為、
露天神社境内で祀られるようになりました。

難波(夕日)神明社

社殿が西向きであったことから「夕日の神明」とも称されていました。
天保五年(1834年)火災により社殿が焼失し、次第に社勢も衰え、
明治四十二年「北の大火」で被災し、翌年に露天神社に合祀されました。

露天神社のご朱印

平成十八年拝受:ご朱印

令和五年拝受:ご朱印

令和五年拝受:神人和楽・ご朱印

令和五年拝受:開運稲荷神社・ご朱印

令和五年拝受:開運稲荷神社・商売繁昌・ご朱印

令和五年拝受:水天宮・ご朱印

令和五年拝受:金刀比羅宮・ご朱印

神社情報

  • 住所:大阪府大阪市北区曽根崎2-5-4
  • アクセス:大阪メトロ谷町線東梅田駅徒歩約2分・大阪メトロ御堂筋線梅田駅徒歩約3分
  • HP:https://www.tuyutenjin.com/

露天神社周辺

再開発の進む大阪駅周辺

現在のJR大阪駅駅舎五代目平成二十三年(2011年)に開業しました。

大阪駅近くの阪急百貨店うめだ本店は、平成二十四年(2012年)建て替えられました。

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