Contents
これまでに参拝しました全国の一の宮のご朱印をまとめました
一の宮
埼玉県の一の宮
知知夫の国一の宮:秩父神社(ちちぶじんじゃ)
知知夫国総鎮守といわれ、
社殿は永禄十二年(1569年)に武田信玄の侵攻により焼失したものを、
天正二十年(1592年)に関東へ入国した徳川家康の寄進により、再建されました。
神奈川県の一の宮
相模国一の宮:寒川神社(さむかわじんじゃ)
古くより『関八州の守り神』として、
また江戸の正裏鬼門を護る神社として敬仰されています。
相模国一の宮:鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)
康平六年(1063年)に源頼義が前九年の役で戦勝を祈願した、
京都の石清水八幡宮(あるいは河内の壷井八幡宮)を由比郷鶴岡(現:材木座一丁目)に、
『鶴岡若宮(現・由比若宮)』として勧請したのがはじまりです。
千葉県の一の宮
下総国一の宮:香取神宮(かとりじんぐう)
神武天皇十八年の創建と伝えられ、国家鎮護の神、皇謨守護の神として、
奉幣使の御参向もしばしば行われました。
上総国一之宮:玉前神社(たまさきじんじゃ)
鎌倉時代には上総国一之宮としての格式を保っており、
北条氏・里見氏の天正の変で社殿が罹災するも、
天正十年(1582年)に里見義頼によって再建されたと伝えられています。
栃木県の一の宮
下野国一の宮:日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)
下野国一の宮:宇都宮二荒山(ふたあらやま)神社
仁徳天皇の時代に毛野国(栃木県・群馬県)が上下の二つに分けられ、
御祭神の豊城入彦命の四世孫の奈良別王が下毛野国の国造に任ぜられ、
その時に祖神である豊城入彦命を祀ったのが始まりです。
山梨県の一の宮
甲斐国一の宮:甲斐一宮浅間(あさま)神社
垂仁天皇八年の正月初めに神山の麓で創建されました(現在の山宮神社)
貞観七年(865年)に現在地に遷座されました。
平安時代末期より甲斐国一の宮とされたそうです。
静岡県の一の宮
伊豆国一の宮:三嶋大社(みしまたいしゃ)
古くから三島に鎮座し、社名・神名の『三嶋』は地名になりました。
源頼朝に篤く崇敬されました。
群馬県の一の宮
上野国一の宮:貫前神社(ぬきさきじんじゃ)
創建は安閑天皇元年(531年)といわれています。
物部姓磯部氏が氏神の経津主神(ふつぬしのかみ)を奉斎したのが始まりで、
上野國一之宮として崇敬をあつめてきました。
茨城県の一の宮
常陸国一の宮:鹿島神宮(かしまじんぐう)
神武天皇元年に創建されたといわれています。藤原氏からも氏神として崇敬されました。
富山県の一の宮
越中国一の宮:高瀬神社(たかせじんじゃ)
景行天皇十一年の御代の創建といわれ、江戸時代に加賀藩主前田家の崇敬を受け、
保護されてきました。
越中国一の宮:気多神社(けたじんじゃ)
養老元年(717年)に越中国を分離して能登国を置く頃に、
能登国の気多大社から分霊を勧請しました。
越中国一の宮:射水神社(いみずじんじゃ)
射水神社は高岡城(高岡古城公園)内にあります。もともと霊山である二上山を祀る社でした。
越中国一の宮:岩峅寺雄山神社(いわくらじおやまじんじゃ)
立山を御神体とした雄山神社は、
『峰本社』『中宮祈願殿(芦峅寺雄山神社)』『前立社檀(岩峅寺雄山神社)』の三社で
成り立っています。
越中国一の宮:芦峅寺雄山神社(あしくらじおやまじんじゃ)
立山を御神体とした雄山神社は、
峰本社、中宮祈願殿(芦峅寺雄山神社)、前立社檀(岩峅寺雄山神社)の三社で
成り立っています。
石川県の一の宮
加賀国一の宮:白山比咩(しらやまひめ)神社
崇神天皇七年(紀元前91年)に本宮の北にある標高178メートルの舟岡山に神地を定めたのが、
創建と伝わります。
新潟県の一の宮
越後国一の宮:居多神社(こたじんじゃ)
創建は不詳ですが、
承元元年(1207年)に親鸞聖人が越後国に流された際、参詣したそうです。
ご覧頂きましてありがとうございます。




























一の宮は平安時代から鎌倉時代初期にかけて整った社格です。
朝廷や国司が指定したものではなく、諸国において由緒の深い神社、
信仰の篤い神社が勢力を有するに至って生じた序列です。
時代に共に変遷があるため、一国内に二社以上存在するところもあります。
一の宮巡拝会:http://ichinomiya-junpai.jp/