神奈川県川崎市:京浜四大本山巡り:川崎大師のご朱印

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関東三十六不動霊場第七番札所:川崎大師平間寺(へいけんじ)

川崎大師の呼び名で有名ですが、正式には『川崎大師平間寺(へいけんじ)』と呼ばれています。

京浜四大本山巡り:ご朱印帳

京浜四大本山巡り

京浜四大本山巡り

国道一号線沿線にある、宗派を代表する四つの大寺院を巡るものです。
増上寺池上本門寺總持寺とともに各宗派四大本山を巡る専用のご朱印帳があります。

全ての本山のご朱印を頂くと、結願記念として飾れるようになっています。

由緒

平安時代の末
尾張の武士平間兼乗(ひらまかねのり)無実の罪で流刑となり、
川崎の地で漁をして暮らしていました。

日ごろから弘法大師信仰の篤い兼乗は、
ある夜夢の中に高僧が現れ
そのお告げから、大師河原の海中より弘法大師像を引き揚げ、
尊像を浄め、草庵をむすび供養し奉りました。

大治三年(1128年)高野山尊賢上人は諸国漫遊の途中、
兼乗のもとでこの話を聞き、兼乗とともに一寺を建立しました。

兼乗の姓である平間をもって平間寺(へいけんじ)と号し、
御本尊厄除弘法大師と称しました。
これが川崎大師平間寺のおこりとなります。

関東厄除け三大師

関東厄除け三大師

観福寺:千葉県香取市
西新井大師:東京都足立区
川崎大師平間寺:神奈川県川崎市
弘法大師をお祀りする真言宗寺院となります。

関東三十六不動霊場

関東三十六不動霊場

関東三十六不動霊場は、不動明王をお祀りする寺院を巡るものです。
三十六ケ所の札所は、
不動明王眷属(けんぞく)である三十六童子お護りする尊像を、
巡拝の御本尊としたことから定まったものです。
不動尊への信仰は古くから関東地方の南部で篤いため、
我が国最大の不動尊の霊域ということができるそうです。

関東三十六不動霊場:御朱印帳

専用の納経帖でお参りさせて頂きました。

大山門

大山門開創八百五十年の記念事業として、
昭和五十二年(1977年)に建立されました。

京都東寺にある国宝・四天王像模刻造立した、持国天像(東方)、増長天像(南方)
広目天像(西方)、多聞天像(北方)奉安されています。

大本堂

昭和三十九年(1964年)に落慶されました。

堂内には御本尊厄除弘法大師を中心に不動明王愛染明王、稚児大師、救世観音
金剛界曼荼羅、胎蔵界曼荼羅奉安されています。

参拝時には四月八日の花まつりを控えて花御堂設置され、
お釈迦様甘茶をかけさせて頂きました。

御本尊弘法大師である『厄除遍照殿』ご朱印を頂きました。

平成二十六年参拝時:大本堂

10年に一度の『大開帳奉修』の際の大本堂です。

旧本堂礎石

境内にある旧本堂礎石は、
天保五年(1834年)弘法大師一千年御遠忌を記念して建立された旧本堂の礎石になります。

旧本堂は、間口(28.8メートル)、奥行(32.4メートル)、高さ(22メートル)の、
総欅造・総銅甍葺の建物でしたが昭和二十年の空襲焼失しました。

八角五重塔(中興塔)

弘法大師一千百五十年御遠忌並びに吉例大開帳奉修の年である、
昭和五十九年(1984年)に落慶されました。

塔内の二層には両界曼荼羅並びに真言宗祖師恵果和上弘法大師、興教大師三尊像
初層には金剛界五智如来尊像、真言八祖尊影
地階慰霊堂には釈迦如来尊像奉安されています。

不動堂

昭和三十九年(1964年)落慶されました。

堂内には成田山新勝寺御本尊不動明王御分躰が勧請、奉安されています。

不動堂では不動明王のご朱印を頂きました。

不動門

不動堂の正面には不動門があります。
太平洋戦争で失われた旧大山門の跡地に、昭和二十三年有縁の地より移築されました。
大山門が復興するまでの約三十年間川崎大師の山門でした。

その後不動堂正面移築・建立されました。

経蔵

経蔵平成十六年(2004年)吉例大開帳奉修記念事業として落慶されました。
説法釈迦如来奉安されています。

薬師殿

薬師殿開創八百八十年の記念事業として、平成二十年(2008年)開設されました。

堂内には薬師如来尊像、十二神将(信仰する人々を守る武神)奉安されています。

薬師殿では薬師如来のご朱印を頂きました。

つるの池

元はひょうたんの形でした。多摩川から分水した二ヶ領用水池に入り
鶴や鴨悠々として遊んでいたといいます。
昭和九年大本坊建立により大半が埋められ、今日の形となりました。

やすらぎ橋

ひょうたん池にはやすらぎ橋が架かっています。

大本坊

鐘楼堂

鐘楼堂寛政元年(1789年)創立されました。本堂の前にありましたが、
大正十二年関東大震災倒壊し、昭和五年現在地に移転されました。
その後戦災で焼失し、昭和二十三年に再建されました。

清龍権現堂

昭和四十九年の大開帳奉修記念建立されました。

御本尊如意輪観世音(にょいりんかんぜおん)と、准胝観世音(じゅんていかんぜおん)で、
京都醍醐寺清龍権現ご分躰勧請して、安置しました。

聖徳太子堂

福徳稲荷

第五十五代横綱・北の湖敏満像

第五十五代横綱北の湖川崎大師の檀家でした。
平成二十九年の三回忌親族によって銅像が奉納されました。

宝筐印塔

宝暦六年徳川三卿田安家より寄進されたものです。

中書院(なかしょいん)

茶室光聚庵心月庵があります。

光聚庵の名は三笠宮妃殿下より賜りました。
心月庵十五世裏千家家元千宗室命名で、
千家又穏(ゆういん・本茶屋)うつしたものです。

茶筅塚(ちゃせんづか)

平成三年千利休居士四百年遠忌を記念して建碑されました。
毎年十月茶筅供養修行されます。

松尾芭蕉句碑

建立当時か参詣者俳人親しまれているそうです。

高浜虚子句碑

昭和三十三年本堂再建の際に高浜虚子を招いて句会が開催されました。
その際の高浜虚子献句建碑しました。

六世竹本綱太夫の碑

明治十六年建立されました。

遊山暮仙詩碑

天保四年(1833年)建てられました。空海による漢詩です。

力石(ちからいし)

左の二つ「さし石」といい、頭の上にさしあげました。
大きい方は三十六貫(135㎏)あります。

右の三つ「おったて石」といい、一番大きいものは百貫(375㎏)あります。
これを起こして真っ直ぐ立てました。
これが出来た者一人前とみなされました。

六字名号塔

江戸時代寛永五年(1628年)に建てられました。
阿弥陀如来への信仰をあらわす『南無阿弥陀仏』六文字石に刻んだものです。

霊木:奇跡の銀杏

太平洋戦争空襲幹の大半を焼失しましたが、その後蘇生しました。
根元には焼失した痕跡を見ることができます。

江戸消防記念碑

東京消防組の発起にて建設されました。明治二十一年に石工酒井八右衛門が起工しました。

至真門

西解脱門

自動車交通安全祈祷殿

平成十八年(2006年)落慶されました。

祈禱殿内には御本尊弘法大師を中心に大聖不動明王、般若守護十六善神、
金剛界曼荼羅、胎蔵界曼荼羅奉安されています。

弘法大師のご朱印を頂きました。

国道409号線沿いにあり、交通安全、車体安全祈願されます。

入口には『富士製鋼株式会社発祥の地』の碑がありました。
現在の『日本製鉄』の前身の会社で、大正六年にこの地で誕生しました。

馬頭観音堂

今から370年以前創建されたといいます。
平間寺に参拝する人がお堂の格子に手綱を結ぶと、
どんな暴れ馬でもおとなしく待っていたそうです。

そこで赤い布に好きな人の名前を書き
格子に結び良縁を願うようになり、若い人のお詣りも多いといいます。

川崎大師のご朱印

平成二十六年拝受:大開帳参拝記念:御本尊・ご朱印

令和五年拝受:御本尊・ご朱印

『弘法大師ご誕生1250年』の印が押されています。

平成二十一年拝受:薬師如来・ご朱印

令和五年拝受:薬師如来・ご朱印

『弘法大師ご誕生1250年』の印が押されています。

関東三十六不動霊場第七番札所:ご朱印

平成二十六年拝受:大開帳参拝記念:不動明王・ご朱印

令和五年拝受:不動明王・ご朱印

『弘法大師ご誕生1250年』の印が押されています。

平成二十六年拝受:大開帳参拝記念:弘法大師・ご朱印

令和五年拝受:弘法大師・ご朱印

『弘法大師ご誕生1250年』の印が押されています。

寺院情報

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